ゼミ長は子供の頃、近所でも有名な悪ガキとして名前が通っていましたが、実際には悪ガキだったというよりも、「悪ガキをせざるを得ない」状況で、悪ガキを演じていた、というのが正確な表現になります。
というのも、当時のゼミ長には絶対に逆らえないジャイアンタイプの友達A君が居て、いつもその友達の言う事が絶対だったからです。本当に逆らえませんでした。
私は子供の頃から気が弱く、何事にも「ノー」と言えない性格でした。さらに社会的に悪いとされている事には異常までの正義感を示し、事なかれ主義でもありました。
そんな私にとって悪ガキで居る事は非常にストレスでした。幼稚園~小学校の高学年に至るまでの5~6年間は、毎日緊張で食欲が無く、でも悟られまいと無理に明るく振舞っていた記憶があります。
このような状況が長く続いたゼミ長は、『自分は本当は悪ガキじゃないのに周りはそう見てくれない…辛い…。』『A君グループに嫌われたら学校で居場所が無くなるから上手くやっていこう。』
といった感じで葛藤がありつつも、日々A君にいかに嫌われないで生活していくか?が至上命題でした。
なんだか緊張で毎日お腹が痛いけれど、お母さんに言ったら心配かけるだろうし、こんな弱い精神状態を打ち明けたらクラスの皆は笑うだろうな…。などと、とにかく周りに迷惑を掛けたくない一心でした。
こうしてゼミ長の性格が形成されていったのですが、結果、異常なまでに他人の評価を気にするようになりました。
失敗は怖い!でも逃げずに立ち向かう勇気を振り絞って…。
時は流れ大学生になり、アルバイトなどを始めるようになる訳ですが、ここで「異常なまでに他人の評価を気にする」性格が大きな壁となって私の前に立ちはだかります。
当時私は山梨で大学生活を送っていましたが、大学卒業後に美術系の専門学校に行きたくなり、その資金を捻出すべく、とある百貨店のギャラリーで働く事になりました。
そこではシルクスクリーンや版画、有名作家のポスターを、オーダーメイドの額に入れて販売したりする業務でした。
一人のお客さんに長時間接する業務で、しかも1枚20万円位の版画や、お客さんが描いたオリジナル(つまり世界でたった一つ)作品を数日預かったりして、折り曲げたりキズつけないよう保管しなくてはならない状況が多々ありました。
当時の私にとって、これらの業務内容が異様なまでのプレッシャーで、接客業が始めてという事もプラスされ、もう毎日地に足が付かない感覚でした。
『もう、大げさだよ~。ミスしてもアルバイトなんだから気楽にやればいいじゃん。』と言った正当な意見も受け付けないほど身体が拒否していました。
信じられないかもしれませんが、商品をラッピングする作業を一回でもミスすると、待っているお客さんの目線が気になり出し、発汗し、汗でメガネがズルっと落ちる始末だったのです。
食欲も無くなり、一ヶ月で体重が8kgも落ちました。
今となっては、他人の評価を気にする性格の一長一短は理解していますので自分の個性として飼いならすことが出来ていますが、当時は本当に改善策がないまま『自分はこの先こんなんでまともな生活を送れるのだろうか…?』と真剣に悩んでいました。
本当に辛くて辛くて、毎日仕事上の些細な事をウジウジ考え気にする日々でした。ある日お客さんに『君、一生懸命なのは伝わってくるけど、逆に痛々しいんだよね~。』と言われた時などは、もうその日一日の出来事が上の空でした…。
しかし、当時の私には『イラストレーターになりたい!』という強い目標があり、自分の全ての行動の軸に、この目標を据えていました。
ですから、思考回路としては『こんな接客もまともに出来なくて、イラストレーターなんて厳しい世界でやっていける訳がない。』とか『この自分の弱点から目をそらしてしまったら、一生逃げるクセが付いてしまうのではないか?』
という感覚でした。今でこそ『そんな事ないよ!当時のボク!』と言えるのですが、なにぶん若い故に必要な事感覚&過程だったと、今は強く思っています。
そのような気持ちと永らく格闘した結果、『これは自分の人生の目標と繋がっているんだ!』と意識し、『そしたらもう全力でやって、やり抜いて、もしかしたら挫けちゃうかも知れないけど、そこまで全力でやってダメだったら納得がいくかも。』とある意味開き直る事が出来たのです。
そこからは、少し仕事に向う姿勢が変わりました。
『店長やスタッフ、お客さんが自分の働きぶりをどう思おうと、自分か納得できるか出来ないか?の問題なんだから今できる100%で立ち向かうだけだ!』
そう思うとフッと気が楽になったのです。多分変なプライドとかも邪魔していたのでしょう。そんなもの、自分の最終的な目標を達成する上では邪魔なだけだったのです。
自分を試すことでしか、自分の成功の可能性は分からない
こんな感じで無事にアルバイトを続けることができ、卒業間近の頃には、接客の楽しさまで感じることができるようになったのを覚えています。
世間一般の基準で言ったら十分な接客スキルではなかったかもしれませんが、自分の中の殻を一つ破れた出来事でした。
今改めて思うのは、当時頑張って接客のスキルを身に付けられた事が良かった、というよりも、取り合えず出し惜しみなんかしないで、最初から全力で取り組む姿勢が身に付けられたことがとても良かったと思っています。
専門学校時代もバイトに明け暮れましたが、全力で取り組むことの重要性と素晴らしさを経験していた自分は、周りのバイトの人たちよりも強かった気がしています。
大抵の人達は、いかに楽して自給をもらうか?という感じでしたから。
気のせいかもしれませんが、そう思えたことも成長の証だと思います。これは今でも自分の中では様々なシーンで自信となって返ってきています。
以上、私の過去の話を長々と語ってしまいましたが、ここらで話をアフィリエイトに移します。
つまり、アフィリエイトで成功できるかどうか?という問いかけは、一度自分で立ち向かってみないと本当の答えは見えてこないのだと思います。
私は百貨店のアルバイトを全力で取り組んだからこそ、この業種は向いていない!と思えたのだと思います。(とは言え、その後暫くは接客仕事三昧でしたから相当な力が付いたのは良かったと思います。)
アフィリエイトは、一般的に収入が発生するまで数ヶ月~1年程度かかります。
その間は無収入で、なおかつ孤独な作業が続きますので、サイトの更新自体や記事を書くこと自体に楽しみを感じられないと厳しい一面もあります。
収入が発生すると又違った楽しみが増えますが、(この楽しみが一番大きいかも?)やっぱり向き不向きはどうしてもあると思います。
ゼミ長の過去記事を読み返すと、成功の秘訣は成功するまでやる!なんて偉そうに言っておりますが、成功を熱望している人もそんな事は100も承知なのだと思います。
ただ、ここでモチベーションや時間の捻出、意志の獲得等の問題が邪魔をするので成功まで届かないのだと思いますが、そもそもこのモチベーションや時間を獲得できない、断固たる意志を持ち得る事ができない人に、『頑張れ!』というのは酷なような気がしています。
『頑張れ!』は励ましの言葉ですが、時にはその人を追い込む残酷な言葉になる危険をはらんでいます。その人が置かれている状況を無視して『成功するまでやれ!』と言ってもストレスになってしまうでしょう。
ですから、この部分だけは他人に判断を委ねず、自分自身で時間を掛けて冷静に考えた方が良いです。どうしたって他人には分からない問題なのですから。
私がアフィリエイトを始めた理由の一つに、強烈な会社組織への不満があります。この不満の反動が成功へと導いたと言っても過言ではありません。
会社で自分が満たされていたら、間違いなくアフィリエイトには手をだしていませんから^^
ですから、アフィリエイトにチャレンジしよう!と思っている人は何故自分はアフィリエイトで成功したいのか?今一度自分自身を深く見つめなおす必要があるかと思います。
もしかしたら、自分ではそれほど成功を強く意識していなかったという結論に達する場合もあるのだと思います。
なんか日本が不景気だし、周りの同僚がドンドン会社を辞めていくし…。副業が必要なのかな?といった他人基準のあいまいな動機だと、相当の確率で失敗してしまうと思います。
自分自信の中に確固たる意志があるかどうか?ここを今一度確認する事はとても大事です。
成功と幸せについて
そしてその先の話をすれば、この確固たる意志とというものが、私のように他者に評価してもらいたい想いから形成されている場合は、例え成功したとしても、今度は別な悩みにぶつかります。
それは「虚しさ」です。
私はアフィリエイトで月収100万円を達成するまでは、殆どアフィリエイトに熱中していました。一見良いことのようですが、実は、この場合の熱中は虚無感の裏返しなのです。
私はこの辺りの心理状態を最初は自覚出来なかったので、100万円の目標を達成した瞬間は嬉しかったのですが、それと入れ替わるように気だるさがやってきて、一時期相当心理的に疲弊していまいました。
今ではそういった自分を受け止めて認識できているので、まあ大丈夫だと思っているのですが。結局そこで分かったことは、
人の自信や幸福感は、その人が社会的に、もしくは収入的に優れているか劣っているかどうかでは無く、自分を素直に認めることが出来るかどうか?で決まる
のだと思っています。
現状不満からの反動というのは物凄い力で、目標達成のための一つの要因だったと思っていますが、ある程度成功を実感できると、場合によっては逆に障害となって襲って来ます。
最初は金、金、金、でモチベーションを上げるのは良いとは思いますが、それだけだと、その先が相当厳しくなると思います…。お金ってなんなんでしょうね…。
この辺りの話は、自分の中で非常に難しいテーマですが、機会があったらもっと掘り下げていきたいと思います。
